異界を渡る物語 第一章 第二十八話
その道は、まるで何者かの夢の中であるかのように、また眩暈そのものがそこに現れたものであるかのように、行くものを惑わせ、迷わせる性質のものでした。
辺りは酷く密度の高い、こっくりとした白色の靄に包まれ、もしも道筋から外れれば、すぐそこに断崖絶壁が待ち構えていようとも、まったく不思議でないほどでした。
五人の男女が、その道を歩いていました。
先頭を行くのは若い娘でした。目深に頭巾を被り込み、手には一本の長い杖を携えていました。その後ろには三人の青年と、一人の少年が続いていました。
その歩む先には、大きな門が聳えていました。塀も何もなく、ただ門だけが厳かに沈黙していました。
石で出来ているのか、金銀で出来ているのか、それとも得体の知れない何かで出来ているのか、どっしりとして滑らかな光沢を持ち、しかしその重厚な雰囲気とは裏腹に、何故か白色の波に隠れた足元は宙に浮かんでいるかのようにも思わせる、不思議な門でした。
門の手前で、五人は一度だけ振り返りました。
まず先頭を行く娘が立ち止まって徐に後ろを見、それに誘われるように、続く四人の者たちもそれぞれに足を止めました。
娘らが来た道は既に、雲を乳で煮詰めたような、甘く漂う白い波でその向こうを覆い隠されていました。
全てを遮る煙とも靄ともつかない美しい白に、娘は目を細めました。
四人の男達はそのさまを寂々と佇んだまま見守り、そして誰からとなく、万感の思いの篭る目で娘と同じものを見つめました。
「さようなら、わたしの家、わたしの庭」
娘は言いました。
「わたしの世界、わたしの故郷、わたしの安息。しばし別れましょう。きっと祝福を得、再び見えんことを」
そして男らに視線を転じました。
「ここを出たら、苦難の道となることでしょうね」
すると四人はそれぞれに答えました。
逞しい身体つきをした男は、
「覚悟ならば、とうに。心は決まっております」
と、頷きました。
すらりと背の高い男は、
「ええ」
と、ただ静かに微笑みました。
長い髪を高く結った男は、
「そういうことですよ。まさか、ここから引き返せというんじゃあないでしょうね」
と、おどけた調子で肩を竦めました。
最も小柄な少年は、
「御供させてください」
と、純粋な目で訴えました。
それを聞くと娘は、四人にそれぞれ抱擁を与えました。
「ありがとう。ともに歩んでくれること、心強く思います」
四人はお互いに顔を見て頷き合い、最後にじっと娘を見つめました。
すると娘もそれに答えて凛とした眼差しを返し、一度だけ、しっかりと頷きました。
「行きましょう」
その声を合図に、一行は再び歩を進めました。
迷いない足取りを、聳える門と白い波が飲み込んでいきました。
かくて、神の娘ニーロニィは、神界を追放され、異界を旅する身となりました。
永遠と信じて疑わなかった安寧の住処に一時の別れを告げ(しかし、愛する者には別れの言葉もなく)、覚悟の一歩を踏み出したのでした。
───供を願い出て聞き入れられた従者たちが、あるとても大切なものをその代償に差し出していたことを、乙女はまだ知りませんでした。
【 前頁 / 目次 / 次頁 】
2013.05.17 公開