異界を渡る物語 第一章 第九話
「それにしても本当にすごいよ!主ニーロニィからの直々のご依頼だなんて!ねえ、ファー?」
銅色(あかがねいろ)と黄金色(こがねいろ)、二頭の小柄な竜が、蒼窮を飛翔していました。
デューセリンが、人の姿であれば顔を真っ赤にしているだろう調子で興奮し、何度となく同じことを言うのも無理はありませんでした。なぜなら仲良しの少年ふたりは今、神の娘ニーロニィの使いとして、知の神クレイスニルの邸に向かっていました。クレイスニルの生きた書物の部屋で、ある調べ物をしてくるようにと仰せつかったのでした。
「しかも僕ら、ふたりだけで、だよ!主は、僕たちにそれだけ期待して下さってるってことだ……しっかりと信頼にお答えしなきゃいけないよ」
デューセリンは瞳を輝かせていました。きりもみ飛行でもしたい気持ちを必死に押さえながら行儀良く飛んでいるのが、時折腿を震わせたり無意味にぐうっと息を詰めたり、反対に急に荒い鼻息を吐いたりする様子からわかりました。
一方ファルニエルはと言うと、ことの真相を知っているだけに、友のように無邪気には喜べませんでした。昨日、白の書の件でお祭りプレアスタンは、黙っている代わりにと、ファルニエルに頼みごとをしました。その頼みごとの内容というのが正に、今回の使いについてでした。
意気揚揚のデューセリンとは違いこの控えめな少年は、降って湧いたような身に余る任務に、不安を隠せませんでした。白の館の中ならまだしも、他の神の邸へ赴いての仕事など、幼い自分達に与えられるべき使命ではないと思われて仕方ありませんでした。白の従者たちの中にはもっと適任の、つまり、淀みない言葉や、美しい所作や、ふさわしい知識と経験を持った者たちが間違いなくいるというのに、どうして自分達にお鉢が回ってきたのか、単にプレアスタンの代わりというだけでは到底納得がいきませんでした。それだけ役者不足は明らかでした。
だいたい今回のことも、ふたりとも神の娘に直接お会いして申し渡されたわけではありませんでした。プレアスタンがこの件について主ニーロニィから全権を委任されているので、プレアスタンがふたりを選んで初めて、間接的に主ニーロニィからの依頼となったのでした。結果的に神の娘の使いとなったに違いありませんが、ファルニエルには友人のように「直々のご依頼」と飛躍させることは出来ませんでした。
しかし大喜びで興奮しているデューセリンに水を差すようなことを言いたくなくて、ファルニエルは不安と疑念を自分の胸に仕舞い込みました。話したところで何かが解決するわけでもないし、きっとデューセリンなら、考えても仕方がないと言うはずでした。いつも前を見ていて、小さなことにいちいち怖気づかないのが、デューセリンの良いところでした。
クレイスニルの邸に着いて、顧問官のもとへ通されたときも、誇らしげに書状を差し出したのは、デューセリンの方でした。本当のところはプレアスタンがファルニエルを選び、更にファルニエルが同行者としてデューセリンを選んだ形なので、書状を懐にしまっていたのも金色の少年の方でしたが、丁寧に取り出した途端、それは横から伸びた友人の手に渡っていました。
「神の娘ニーロニィの命により、白の従者デューセリンとファルニエルが参りました。書状はこちらに」
威厳と呼ぶにはやや可愛らしすぎるものの、確かな気品を感じさせるデューセリンの姿に、ファルニエルは密に心の中で項垂れました。もしも自分であったならとてもこんな風に堂々とは出来ず、まごついたり吃ったりして主に恥をかかせてしまうところでした。ここに至った理由はさておき、白の館から神の娘ニーロニィの名の下に任務を負ってやってきたのに違いはないというのに、自分の不甲斐なさを思うと項垂れたい思いでした。
そんなことを思っていたら、一緒に礼をしなければいけない場面なのを、うっかりデューセリンに見惚れてしまって、当のデューセリンに小脇を突かれ、慌てて礼をする羽目になってしまいました。
その様子を見て、クレイスニルの従者は微笑みました。
「よくぞいらっしゃいましたね、可愛い白の従者たち。知の神クレイスニルの邸のことは、この私、顧問官リンダールが彼の御方より一任されております。神の娘ニーロニィよりの書状、しかと拝見しましたよ。宜しいでしょう。生ける書の間の利用を許可します。これをお持ちなさい」
リンダールが紙にさらりと何か書き付けて、ファルニエルに渡しました。リンダールの署名と、何だかよくわからない暗号のようなものが書かれていました。
ふたりは顧問官の前を辞して、生ける書の間へ向かいました。
「もう、何してるんだよ、ファー!」
「ごめん……」
「可愛いだなんて。僕ら、一人前の使者としてやってきたのに……」
広い回廊を歩きながら、デューセリンは悔しそうに唇を噛みました。
「あれは僕のことで、君じゃないよ。君は立派だったよ」
「何言ってるの!そういう問題じゃないよ。ファーは悔しくないの?」
金の少年は口籠もりました。正直に言って、悔しさはあまり、ありませんでした。勿論、全く無いこともないけれども、またやってしまったと落ち込む気持ちや申し訳ない気持の方が強く、デューセリンのような積極的な悔しさとは性質が違っていました。
「ふうん。いいけどさ」
デューセリンは、ファルニエルの曖昧な反応に、やや不満げにその話題を終わらせました。
「それにしても、人気(ひとけ)が無いね。誰もいないみたいだ。白の館が多すぎるんだってわかってはいるけど、知の神クレイスニルは騒々しいのを好まれない方なのかな」
「うん……死のお二人ほどではないけれど、神々の中でも特に従者を持たない御方だって……」
しんとした回廊の壁を飾る様々な絵を眺め歩きながら(落ち着いた色調の風景画から、原色だらけで何を描いたのかわからない抽象的なもの、文字のような記号のようなものまでありました)、ファルニエルはプレアスタンに仕事を頼まれた時のことを思い出しました。
───無理じゃないさ、ファルニエル!尻込みしないで行ってみなって、絶対に勉強になるから。……知ってるか?知の神クレイスニルの邸には従者がほんの数える程しかいないらしい。俺も聞いた話なんだけど。まあ確かに、もともと神々にとっては従者なんか、いなきゃいないで困らないんだよなあ。ご自分の司るものは、ご自分のお力だけで統べられるから。死の神ハイメルエッズ、アーメルエッズのお二人なんか、ご兄弟方が常に働いていらっしゃるとは言え、邸の中にはふたりっきりが常らしいし。
白の館にこんなに従者が多いのは、主ニーロニィが次々引き取っておいでになるからだ。人界から連れ帰る子然り、たまごの実から生れ落ちる者然り……だから今じゃ、ほんの些細なことまで何もかも、わざわざ仕事を作って俺たち従者に任せてくださる。例えば毎日のご衣裳なんか、従者が一針一針縫い上げて刺繍を入れなくたって、あの方のお力を持ってすれば、望み通りのものを一瞬で手に入れられるわけだろ。蜜茶を入れるとか、庭の手入れをするとか、書庫の管理も、心得の書き写しもだよ。よくよく考えたら従者の仕事って、主にとってご入用のものよりも、従者のために必要なものを用意する方が圧、倒的に多いと思わないか?従者がいるから逆に仕事が出来るだけで、仕事の為に従者を増やしてるんじゃない。
俺たちに取っちゃ、仲間が居て、仕事があって、毎日働くのが当たり前だけど、他の神々のもとではそうとも限らないんだ。だからさ、ちょっと行って、見てきてくれって。知の神クレイスニルの邸がどんな風なのか───。
「あれだ」
デューセリンの声で、考え事に沈んでいた意識が急浮上しました。示された先は廊下が突き当たりになっていて、想像したよりもずっと簡素な扉の前に、ひとりの従者が静かに佇んでいました。そこにたどり着くまでは結局一本道で、一体なんのために長い回廊を作ったのか首を傾げたくなりました。
「白の従者デューセリンとファルニエルです。顧問官リンダールより、生ける書の間への入室を許可されました」
デューセリンが口上を述べ、ファルニエルがおずおずとリンダールに預かった書面を差し出すと、涼しげな顔をした従者は無言でそれを受け取り、目を通しました。
「よろしい。白の従者ファルニエル。閲覧を許可する。入りなさい」
えっ、と、思わず少年たちは顔を見合わせました。
「あの……デューセリンは」
「ファルニエルに生ける書の閲覧を許可する。顧問官リンダールの証書にそうある。デューセリンについての記述は無い。従ってデューセリンの入室は認められない」
「どうしてです!そんなはずないのに……僕らは神の娘ニーロニィより仰せつかったのです、ふたりで!」
デューセリンは食い下がりましたが、従者は顔色も変えず首を横に振るだけでした。そんな、とデューセリンは顔を歪めました。
「白の従者ファルニエル。閲覧するなら入りなさい」
金の少年は戸惑いました。隣で俯いているデューセリンのことが気になりました。何に対しても積極的かつ意欲的なこの少年の方こそ、今回のことに強い使命感を抱いていたのを、ファルニエルは誰よりも理解していました。それなのにいざというところで果たすべき使命を取り上げられてしまうなんて、今までの意気込みを思うと、その悔しさや落胆がどれほどか、想像に難くありませんでした。
「……大丈夫だから行きなよ、ファー」
まごついていると、デューセリンに背中を叩かれました。デューセリンは、きりっと顔を上げて笑いました。
「仕方ないよ。ただのちょっとした手違いだよ。僕らの仕事は、ふたりで調べ物の結果を白の館に持ち帰ることなんだから、調べるのは僕でも君でも構わないんだ。いいよ。僕はここで待ってる。一緒でなくて不安かも知れないけど、君だって白の乙女に認められてここにいるんだから、一人でもやらなきゃ」
何とかして自分に与えられた権利をデューセリンに譲渡できないものかと考えていたファルニエルでしたが、当の本人に反対に励まされてしまい、見くびっていた自分が恥ずかしくなりました。デューセリンは我が儘を通そうとする子供でもなければ、使命の本質を見失う愚か者でもありませんでした。
「……うん。わかったよ。ディディこそ、僕に任せることになって心配だろうけれど……ごめんね」
「いいから、ほら。行っておいで」
話がまとまると、クレイスニルの従者は扉を開きました。扉の枠の中は靄のようなものが漂っていて先が見えませんでした。
「壇上へ進み、鍵となる言葉を唱えなさい。ひとつでも良いし、いくつ続けても構わない。生ける書たちが答えるだろう。調べたら必要なところを指定しなさい。この部屋を出るときには、その箇所を記録した書が与えられるから、それを持ち帰るが宜しいだろう」
「はい」
更にいくつか、効率よく調べ物をするために知っておくと便利なことを聞き、いよいよ準備が整いました。
「じゃあ、ディディ……行って参ります」
一歩下がってふたりのやり取りを見ていたデューセリンを振り返り、笑顔と、行ってらっしゃいの言葉を貰いました。
扉に向き直ると、ひとつ深呼吸をして、ファルニエルは意を決して一気に扉を潜りました。
風が吹き抜けるような音を耳元で聞いた気がしました。次の瞬間、あまりの光景にすっかり肝を潰してしまいました。
外側から見た邸の全体像よりずっとずっと広いであろう空間が、そこにありました。
思わず振り返ると扉はもう閉められていて、しかもそれは床や壁に接しておらず、いきなりぽっかりと宙に浮かんでいました。靄も掛かっていませんでした。
目の前には手摺りのない通路と階段があり、それは中空へ向かって伸びていて、その向こうには雄大な景色が広がっていました。
平原でした。灰色っぽく霞んで、どこまでも平らな、地平線まで見渡せる広大な大地でした。
ファルニエルは階段を恐々と上っていかねばなりませんでした。
あまりの高さに目が眩みそうでした。しかし側桁はあるものの掴まるところがないので足元を見ないわけにもいかず、すると否応なく遥か下方が目に入り、高さを感じざるを得ませんでした。無様に這い蹲って進むことも出来ないと思い、なるべく目の前の踏み板ばかりを見つめるよう努めて慎重に上りました。もしも足を踏み外しでもしたらと思うと眩暈がしそうで、一歩踏み出す度、その足へ体重を乗せるのに勇気が要りました。
やっとの思いでなんとか突き当たりまで登り切りました。丸く小さな露台のようになっていて、ここへ来てやっと高欄がついていたので、しっかり掴まってそうっと下を覗いてみました。
わあ、と言ったつもりの声は、殆ど吐息にしかなっていませんでした。
よく見ると灰色の地面は、そのすべてがぎっしり書架で埋め尽くされていたのでした。前方は勿論、振り返ってみても同じ大地が果てしなく続いていました。これこそがまさに知の神クレイスニルの知識の宝庫でした。
それにしても、と、ファルニエルは思いました。後ろを見たら、今上ってきた階段が目に入り、帰りはこれをまた下っていかねばならないのかと考えると、泣きたくなりました。しかも、覗き込んでわかったことには、階段や台を支えるものは何一つなく、本当にぽっかりとただ浮かんでいて、そんなことはないはずだとわかっていても、変に体重をかけたら傾いて、そのまま崩落してしまうのではないかという気がしました。
「嫌だな───……え?」
思わず独り言をこぼした途端、眼下の大地がざわりと波打ったかと思うと、凄まじい数の本が鳥の大群も斯くやの勢いで飛び立ってきて、ファルニエル目掛けて突っ込んできました。
「う……わあっ!?」
殆ど反射的に、目を瞑り、両腕で顔を庇いました。
恐ろしい速さで殺到する書物、目茶目茶に打ちひしがれる!───そう思ってつい身を守ってみたものの、実際はそんなことになるはずもなく、そっと目を開けてみると信じられないくらいの本、本、本が、ファルニエルを中心に幾重にも幾重にもなって取り巻いていました。それらのすべてが、きれいに表紙を中へ向けていました。
すっかり圧倒されてしまい、しばらく立ち尽くしてしまいましたが、はっと我に返り、そうか、そうだった、と、今度は心だけで呟きました。生ける書の間での作法を思い出したのでした。
押し寄せた本たちの表紙に書かれた題名には何の脈絡もなく、てんでばらばらでした。しかし、想像がつかないくらいの数の中から選ばれたこれらには、間違いなく共通点がありました。つまり、先ほど口にした言葉、い・や・だ・な、が、何らかの形で記されているのでした。
扉の前で聞いた説明に従って、ファルニエルは手を叩きました。二回、打ち鳴らして、「すべて戻ってください」と言うと、本たちは外側から順序良く引き潮のように書架の大地へ帰っていきました。ほっと胸を撫で下ろしました。
思わぬ予行演習を挟みましたが、いよいよここからが本番でした。胸に手を当て深呼吸して気を落ち着けてから、懐に手を入れ封書を取り出しました。生ける書の間に入ってから中を改めるようにと預けられた封書で、何を調べるのかも、その中に書いてあるからと言われていました。
白の乙女よりの任務とプレアスタンの頼みごとを果たすために、ファルニエルは、厳重な封緘を施されたそれを丁寧に開封しました。
「ファー!どうだった?ちゃんと出来たの?」
ファルニエルが一冊の本を手に携えて、生ける書の間から出てきました。その顔は蒼白で、表情も強張っていました。ずっとそわそわして待っていたデューセリンは飛びつきました。
「これが今回の記録の書だね?そんなに緊張したの?顔色が悪いよ。貸しなよ、僕が持ってあげる」
「いいんだ!」
手を伸ばしたデューセリンがびっくりするくらいの強い語気を発して、ファルニエルは記録の書を抱え込みました。
「これは……いいんだ。僕が持つよ。行こう」
ファルニエルがそのまま歩きだしてしまったので、デューセリンは扉の前の従者に急いで一礼しました。小走りに後を追う少年の後ろで、従者は特に気にした様子もなく、ちらりとそれを見やってすぐに姿勢を正していました。
「ファー!どうしちゃったんだ」
「どうもしないよ……でも早く我が主に結果をお届けしないと」
そう言う割りには、その足取りは覚束なく、危なっかしく見えました。
「具合が悪いなら―――…」
「平気だよ」
ファルニエルがこんなにもぴしゃりと返事をするのが珍しくて、デューセリンは戸惑いました。相手の言葉を途中で遮るなど、いつものファルニエルらしくありませんでした。
「……ファー?」
その後も会話らしい会話を交わさぬまま、ふたりは帰途を辿りました。
白の館へ帰還すると、一の庭でプレアスタンが待ち構えていました。
「よう、おかえり。どうだい首尾は……ああ!それが記録の書か」
少年たちが挨拶を口にするよりも先に大股で歩み寄ったプレアスタンの手には、庭木の手入れ用の鋏がありました。葉っぱが一枚、ひらっと翻って落ちました。
「ひと仕事しながら待ってたんだ。じゃ、受け取っておくよ」
大きな鋏をひょいとふたりの目の高さまで上げてみせてから小脇に挟んで、プレアスタンは自由になった手を上向けて出しました。デューセリンは訝しげな顔をしました。
「受け取っておくって……どういうことです?記録の書のことを言っているのですか?どうして貴方に―――…」
しかし言い終えるよりも先にファルニエルが記録の書を手渡してしまったので、ぎょっとしました。
「ファー!」
「……もともとプレアスタンを介して承ったんだよ」
「でも!ラハトハスやエルシルならわかるけど―――…」
思わず口にしてしまってから失言だったと気付いたデューセリンでしたが、プレアスタンの顔をちらりと窺い見ると気にした風もなく笑っていました。
「うん、まあ、そう思う気持ちもわかるんだが、我らが主ニーロニィもご承知のことだから。納得してくれって。ええと、ちょっと待てよ……」
せっかく受け取った物を再びファルニエルに押しつけて懐を探ると、何やら書面を取り出して、広げて見せました。神の娘自筆の書き付けでした。
「これは……確かに、そういうことみたいですが」
顔を近づけてまじまじと見、紛れもない本物であると確認して息を呑んだデューセリンでしたが、それでもやはり、まだ不満げでした。これから主にお届けする記録の書をぞんざいに扱っているのも気に障ったし、反論しようのない物をこれでどうだと言わんばかりに突き付けられたことも、面白くありませんでした。
しかし、
「ほらな?じゃあ、そういうことで」
知ってか知らずかプレアスタンは、話は終わりとばかりに書き付けを畳んで懐にしまい、ずり落ちそうになった鋏を脇に抱えなおして、記録の書を再びファルニエルの手から取り戻しました。
「ありがとな」
「貴方に言われることじゃありません」
言ったプレアスタンの顔は殆どファルニエルに向いていましたが、噛み付いたのは隣の少年の方でした。プレアスタンは、ああとか、まあとか苦笑しながら適当に頷きました。
「それじゃあ、俺はこれで。またな」
プレアスタンの背中が一の館の中へ消えるまでたっぷり見送ってから、デューセリンは地団駄を踏みました。
「どういうこと!?ファーもファーだよ!どうして渡しちゃうの!?」
デューセリンは、神の娘に任務の完了を報告しに行くのを、心から楽しみにしていました。それをファルニエルは知っていました。親友は務めを誇らしいことと思い、得意になっていて、だからこそ役目を横取りされたら非常に不愉快だろうというのも承知していました。けれどもこの時ファルニエルは、
「うん……」
去りぎわにプレアスタンがこっそり送ってよこした目配せに圧し掛かられていて、満足に返事も出来なかったのでした。
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2009.04.29 公開