賢いオロエン 3



 お池の底はしばしムーヴンの噂に沸きましたが、すぐに今までの通りになりました。
 しかし、オロエンだけは、何故か今までの通りにはいきませんでした。
 オロエンは気付きました。
 あのムーヴンが毎朝、膜の向うに姿を現すのです。
 それは恐らく、ずっと続いていたことなのです。
 オロエンは居心地の良い底にいるのが常だったので、今まで気付かなかったのです。
 しかしあれ以来、どうも膜の向こうが気になって、たまにちょっぴりそちらの様子を窺ったりしていたので、気付いてしまったのです。
 気付いてしまったオロエンは、それから毎朝、そっと膜に近づくようになりました。
 膜は、普段ぴんと凛々しく張っているのに、突付いたり乱暴に寄ったりすればすぐに頼りなく揺れ、ぐにゃぐにゃと歪んで、時には千切れたりしてしまうものなのでした。
 なのでオロエンは膜の機嫌を損ねないよう、ムーヴンの姿がぐにゃぐにゃにならないよう、ひどく気を使わねばならないのでした。
 そうしているうちに、幾つかのことを学びました。
 ムーヴンはいつも決まった頃、朝の早くに現れます。
 いつも何かに包まっていて、あの時の美しい身体は隠れています。
 顔の筋肉は恐ろしいくらいよく動くように出来ていて、特に口の形の変わりようといったら凄まじく、大きく横に伸びることもあれば、きゅっと尖ることもあります。
 どうやらムーヴンというのは機嫌の良いときは口が横に広くなり、その端は上向きになっていて、虫の居所の悪いときはその逆になるようでした。
 オロエンには口の端が上がっている時のムーヴンの様子がとても好ましく思えました。
 そうだ、あれは笑っているのだと、急にオロエンは思い出しました。
 オロエンはムーヴンがもっと笑えば良いのにと思いました。
 そうしているうちに、ひんやり静かなお池の上を幾日かが通り過ぎました。



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2004.09.25 公開