賢いオロエン 13



 翌朝、いつもの時間です。
 彼女はやって来ませんでした。
 オロエンは落胆しました。
 彼女は愛想をつかしたのです。
 そうに違いがないのです。
 ああ、彼女が怒っていれば良い、哀しんでなどいないが良い。
 自分に興味のなくなったことはこれでわかったけれども、落ち込んでなんかいるよりは、腹を立てるが良いのです。
 オロエンはしばらくそこでひれをへらんへらんやっていましたが、もう帰らなくては仕方がないと思い、身体の向きを変えようとしました。
 しかしそのときです。
 なんと、彼女がやってきたではありませんか。
 いつもの時間ではありません、オロエンはいつも通りに来て、今までそこにいたのですから。
 だいぶ遅いけれども、彼女は確かにやって来ました。
 そして、きょろきょろと何かを探す素振りをしました。
 オロエンは、ああ、贈り物はないのにと思いましたが、意外や意外、彼女の目が見ている先は陸ではありませんでした。
 不思議に思ったオロエンは、次の瞬間、体中のひれがびりりと震えたのを感じました。
 彼女がこちらを見たのです。
 そしてにっこり笑ったではありませんか。
 これはどうしたことでしょう。
 その顔は、オロエンの一番好ましいと思っていた顔でした。
 口を横に大きく広げて、頬の筋肉は上がり、目は幾分細められて輝いていました。
 オロエンはどぎまぎしました。
 彼女のあの顔は、今、間違いなくオロエンに向けられているのです。
 オロエンは見惚れました。
 彼女と真っ直ぐ見詰め合う格好です。
 ああ、もう、このまま全部がなくなって、世界がなんだかわからなくなって、彼女と自分だけになってしまったら、きっと幸せかも知れないと、オロエンはそう思いました。
 そのときでした。
 彼女はすいっと首を後ろに向けました。



前頁 / 目次 / 次頁

2004.09.25 公開