悪魔の王様 9



 次の日、ふたたび彼の元を訪れたあれは、ひっくり返るほど驚きました。
 彼の傍らにひとりがいたからでした。
 そして何か喚きながら、ひとりに乱暴しようとしたので、彼はひとりを一番前の足に登らせて、ずっと乗っけておくことにしました。
「乱暴しないでよ」
 彼が言うとあれは唸りましたが、気を取り直すように明るい声で、
「失礼しました。ところで今日は良い知らせを持ってきたのですよ。食事の用意ができたのです。いやはや、もっと時間がかかるかと思っていましたが、案外早くことが運びまして」
 と、手を揉みました。
 そこで彼は、こっそりひとりと頷きあいました。
 いろいろと考えたうちのひとつを試せるいい機会でした。
 彼は一生懸命に、打ち合わせどおりのことを喋り始めました。
「そのことなんだけど、僕はもう食事に行くのが嫌になっちゃった。昨日みたいなのも駄目だよ。だから今度からこういうのを用意して。ティクトンのたまご、ピンクープの実、ウェルエルネルの巣、メリンの蜜、ええとそれから、紫メルケル、黒メルケル、ケミ芋にヤルククの乳に」
「お、お、お待ちを!」
 まだ続けている彼に、あれが割って入りました。
「そんなものを、あなた様を満足させるほど用意するなど出来ません!」
 いま彼が挙げたのはどれもこれも、とても珍しい、数の少ないものばかりでした。
「そう。出来ないんなら、これから僕は自分で食事しに行くことにする」
「いけません!そんな!」
 あれは血相を変えました。
「どうして駄目なの。いままで用意してもらってたけど、それを自分でやるだけだよ。手間が省けていいじゃない。それとも何か都合が悪いの」
「いや、それは」
 あれが口ごもったので、彼はもう一度ひとりと頷き合って、
「じゃあ行って来るね。心配しなくても、ちゃんと帰ってくるよ。王様だから」
 と一歩前へ出ました。
「だ、駄目です、いけません!食べてはいけないものまで、知らずに食べてしまうかも。おなかを壊すかも知れませんよ」
「そうかあ。困ったなあ。じゃあどうしよう」
 彼が考えるような仕草をしてみせると、あれはほっと息を吐きました。
「ここはやはり今までどおりの食事を」
「そんなのいやだ!」
 彼は駄々を捏ねるように身体を揺すって足踏みしました。
 すると地面がぐらぐら揺れて、あれは転がってしまいました。
「おやめください、お許しください!」
「なら、食べ物をここへ用意してよ!ティクトンのたまごはいいから、木屑や籾殻や、割れた鏡や錆びた鉄をここへ運んで!」
「わ、わ、わ、わかりました!わかりました!」
 とうとうあれは頷きました。
 彼が足踏みをやめると、あれは悔しそうにひとつ唸ってから、
「仕方ありません。お望みどおり、ご用意しましょう」
 と言って帰って行きました。
「うまくいった!」
 彼らは大喜びでした。
「脅かすのは好きじゃないけど、最後に一番よくするためには仕方ないね」
「そうですね。我慢しましょう」
「あとは君の友達が来てくれればいいね」
「きっと来ますよ。いまの地震で何かあったと気がつくでしょうから」
「君はほんとうに賢いね」
 彼は感心して、そう褒めました。
 ひとりは笑って、どうでしょう、と言いました。



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2004.11.26 公開